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新潟地方裁判所長岡支部 平成2年(ワ)225号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一億三一四二万五三〇四円及び内金五三〇六万一三〇〇円に対する平成二年六月八日から、内金六二七一万四〇〇四円に対する平成四年九月一日から、内金五〇万円に対する平成五年一二月一五日から、内金七五七万五〇〇〇円に対する平成三年七月一日から、内金七五七万五〇〇〇円に対する平成四年八月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求の適否について判断する。

原告は、本件訴訟において、主位的請求として第一次請求を、予備的請求として、第二及び第三次請求をしているが、原告が請求内容において、主位的と予備的な関係にたつものとして請求しているものは、株券引渡請求についてであると思われる(損害賠償請求については、原告の主張する各損害請求の内容は相互に後記のような主位的と予備的な関係にたつものはない)。

すなわち、原告は、被告が以前保有していた九万九一八〇株の株券と同種同量の株券の引渡請求が認められない場合を考慮して、被告が現に保有している株券の引渡請求をしていたものと思われる。

しかし、予備的併合においては、請求相互間に、法律上相互に矛盾し、一方が認められない場合に他方が認められるという、表裏の関係で関連性が存在することが必要であるところ、主位的請求及び予備的請求における株券引渡請求権を基礎づける実体法上の権利はいずれも株主権に基づく返還請求権であり、実体法上同一の権利を基礎として、同種同量の株券の引渡を求めるものか、被告が現に保有している株券の引渡を求めるものかの相違にすぎず、請求内容において実体法上矛盾、両立しない関係にたつものではない。

よって、本件請求は、同一目的を有し両立しうる複数の請求のうちどれか一つの認容判決を求め、いずれか一つが認容されれば他の請求についての審理を求めないという選択的併合を求めた事案であると解するのが相当であり、この観点から、原告の請求内容を検討する。

第二  請求原因について

一  請求原因1(当事者)は、当事者間に争いがない。

二  同2及び7について

1  当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実を認定することができる。

(一) 原告は、昭和三七年に越後交通から分離独立して設立された株式会社であり、平成二年六月当時の株主は角栄と浦浜開発の二名で構成され、角栄が原告の発行済株式三〇〇万株のうち二六〇万株を、残り四〇万株を浦浜開発が所有していた。

右浦浜開発の株主は、豊川商事、直紀、真紀子、田中雄一郎、田中真奈子、田中京及び田中裕の八名であり、右豊川商事の株主構成も、角栄、直紀、真紀子、田中持策及び山持巌の五名であって、株主はいずれも親族であり、角栄が支配株主として原告の経営を実質的に支配し、角栄の意向に従い経営されていた。

また、角栄は、自ら越後交通の株式一五六万五一三九株を所有し、原告が所有する越後交通の株式二五五万六六九七株も原告を介して所有していたものであって、この合計は越後交通の発行済株式総数の四〇・六パーセントに該当し、同社の支配株主としてその経営権を掌握していた。

(二) 他方、被告は、角栄の後援会である越山会の会長の他、昭和四八年六月から越後交通の代表取締役社長に就任する一方で原告の非常勤取締役を兼任していたが、平成二年五月一日、本件株主総会に上程すべき新役員候補者として、代表取締役会長に角栄、代表取締役社長に被告、取締役副社長に風祭などとする新役員人事案を角栄と直紀に対して提示し、その説明を行ったが、その際角栄からは右人事案に対する応答はなかった。

ところが、同月一〇日、風祭は田中家に呼ばれ、真紀子から、「風祭君を平成二年度役員改選を機に、越後交通株式会社代表取締役社長に任命する。同時に、長鉄工業株式会社の社長職を解任する。」旨記載された角栄の記名押印のある辞令が交付され、風祭は、一旦は右人事案を辞退したが、角栄の妻田中ハナに説得され、同月一七日に越後交通の社長に就任する旨の承諾書を提出した。

平成二年五月二三日、真紀子は、角栄及び直紀とともに越後交通本社を訪ねた際、本間に対し、「越後交通及び関連企業等の人事に関して」と題する角栄名義の書面を示したが、同書面には、風祭を越後交通の代表取締役社長に選任し、被告を相談役とし、各七名の取締役退任者及び新任者を列挙した人事案が記載されていたが、右人事案は会社内部の人事を混乱させるもので、常勤役員会からしても、会社として到底受け入れることのできない内容であった。

他方、被告においても、右人事案に対し、自らの引退を強いることに対する不満と、右人事案が角栄の真意に基づくものか否かにつき疑問があったことから、これを拒否することにし、多数派工作をすることで株主総会を乗り切ろうと画策した。

ところが、同年五月二八日、風祭は、田中家から、本件株主総会において原告が所有する越後交通株式の議決権の行使方法について、右議決権は田中家が行使するから、委任状は越後交通に送付しないようにする旨の指示を受けたが、風祭がこれに応ぜず、右株式は従来どおり白紙委任状で越後交通に送付する旨主張したことから、同人は、辞任を迫られ、同日、原告の代表取締役辞任届けを提出させられるに至り、六月二日に開催された越後交通の取締役会では、真紀子らと被告との間で人事案をめぐって紛糾し、結論が後日に持ち越された。

同年六月四日、福田は、真紀子の指示を受けて風祭の代表者辞任の登記手続をするため長岡に来たが、その際、原告の役員らは同人に対し、社長の辞任登記をすれば社長が不在となり、このことは入札業務に支障を来し会社にとって不都合である旨を説得して、風祭の辞任登記をしない旨の約束を取り付けたものの、同月六日、右約束に反して辞任登記がなされてしまった。

(三) ところで、原告が所有する越後交通の株式は、越後交通の前身の長岡鉄道、中越バス及び栃尾電鉄三社の合併に際し、角栄が東急電鉄から取得したものであるが、角栄は、昭和五八年の衆議院議員選挙に当たり選挙資金を捻出するために、原告に当時の時価より一株当たり約一〇〇円も高く買い取らせたため、原告は右株券を担保に銀行から十数億円の借り入れをした結果、その金利は原告の経営を圧迫し、平成二年においては、原告の債務は長期及び短期の借入れを合わせて、約七〇億円となっていた。

そこで、被告をはじめとする原告役員は、この際、株式を売却することにより、銀行からの借入れを返済して、利子の負担を軽減することで財務体質を改善する必要性を考慮していたところ、真紀子は平成二年一月、角栄の同社の代表取締役会長の就任を求め、また右選任に伴って役員報酬額の増額を強硬に主張し、同年五月には会社の内部に混乱をもたらす人事案を提示し、さらに代表者の風祭を辞任させたうえ、約束に反して辞任登記をするなどしたことから、被告をはじめとする役員は、真紀子に会社の経営を任せることは相当でないと考え、この際、原告が越後交通の問題に巻き込まれることを避け、株式を売却することによって、原告の経営の安定化を図ることを考えた。

そこで、被告は、六月五日夜、飯塚総務部長を介して江口及び米山に対し、株主総会を乗り切るための打合せ会を開催したい旨打診をし、さらに、当日東京に出張していた風祭に、翌日の会議に出席のため長岡に戻るよう依頼し、翌六日午前九時ころ、中証券会議室において、被告、風祭、米山、飯塚総務部長、中証券社長の中野社長、同社常務取締役広橋らは、同社の顧問である川津及び西本両弁護士を交え、風祭を社長に復帰させるとともに、本件株式を売却する旨の相談をし、その席上、広橋は、適正な株式売却価格は六〇〇円である旨の回答をした。

同月七日午後一時ころ、原告の常勤役員が集まった会議の席上で、被告は、「風祭を社長に復帰させる。」「越後交通の六月二八日の株主総会をクリアするために、長鉄が所有している越後交通の株式を第三者に売却することにする。皆さん協力をしてほしい。」と述べ、本件株式売却に賛成することを要請した。

(四) ところで、原告の取締役会規則一〇条(二)1によれば、「一件につき一億円以上の他会社の株式取得又は処分」については、取締役会の決議が必要であると定め、本件株式を処分するには取締役会の決議が必要であるところ、本件処分時における取締役会の招集権者は、同規則四条一項によれば、<1>社長、<2>副社長、<3>専務取締役とその順序が定められており、風祭は平成二年五月二七日付けで社長を辞任していたことから、副社長の本間が招集権者であったが、本間は角栄の秘書であり、取締役会を招集する目的が本件株式の売却にあることを知れば招集に応じないことが明らかであったから、風祭は、同日午後五時ころ、本間に対し、本件株式売却の意図を秘し、「明日、長鉄の役員人事についての取締役会を開きたいが、現在の状態では招集権者になることはできないので、あなたが招集権者になってほしい。」旨申し入れ、同人から取締役会招集及び右招集通知発送などの手続についての委任を取り付け、風祭は、江口に対し、本間名義で、「1 役員人事について、2 その他」を議題とする取締役会招集通知を各取締役に発送する手続きを指示し、江口は、右指示を受け、招集通知を同日の午後から翌七日の午前中にかけて常勤取締役に対しては社内で、非常勤取締役に対しては担当者を介して手渡した。

しかし、原告の定款によれば、取締役会の招集の通知は会日の五日前に各取締役及び監査役に対して発することを要し、緊急の場合は短縮することができると規定されているところ、角栄、真紀子及び直紀の各取締役に対する招集通知は、同日午後四時五一分にファックスによる送信で行われたが、右通知を受けた真紀子から、同日の夜、取締役会に出席しない旨の連絡を受けた。

(五) 同月七日午後七時ころ、被告、風祭、江口、米山、中証券の社長中野裕二、飯塚総務部長、山崎総務課長と川津、西本両弁護士が中証券の会議室に集まり、その席で、西本弁護士作成のメモを用いて、翌日の取締役会についての議事進行の打合せを行い、同月八日午前一〇時、原告本社役員室において、取締役一八名のうち、取締役一一名が、監査役は三名全員が出席して取締役会が開催され、風祭が出席取締役全員の賛成により代表取締役社長に選任され、次に、江口からの株式売却の目的についての説明を経て、出席取締役全員の承認のもとに本件株式売却が決議された。

右株式売却においては、富士レンタルが一時的に取得し、最終的には大石組などの安定株主が取得することが予定されていたが、具体的な株式の売買日、価格及び売却先は社長の風祭に一任され、取締役会終了後、風祭は、担当者との面識がない富士レンタルに対し、越後交通の株式二〇一万四一八〇株を売却することにし、広橋から預った株式売買約定書に風祭と米山の押印をして株式売買約定書を作成した。

その後、富士レンタルから原告に対し、代金一二億〇八五〇万八〇〇〇円が原告の普通預金口座に振り込まれ、それを受けて、株券を担保に入れていた各銀行に出向いた原告会社の係員と中証券の係員が、普通預金払出票で右各代金を払出し、右金員で借入金を返済して担保に入っていた株券を受け戻し、株券の授受を行って、同日中に株券引渡等の決済が行なわれた。

右株式売却により、原告は、本件株式(二〇一万四一八〇株)を失い、角栄及び原告の越後交通に対する持株比率は約二〇・七%に落ち込み、被告は、同月二八日に開催された本件株主総会において、思惑どおり社長の地位に居座ることに成功した。

(六) 本件株式の二〇一万四一八〇株は、富士レンタルを経由して中証券、中興業、中越興業、吉原組及び大石組に転売されたことから、原告は、越後交通の経営支配権の回復を図るため、江口らを介して、右譲受人らに対し本件株式の返還を求めたところ、四〇万株については大石組から返還を受けたものの、他の関係者は被告からの指示がないことを理由にこれに応じなかった。

その後、中越興業及び吉原組は、本件株式を訴外日野自動車販売会社など七社に、また中興業は訴外日産ディーゼル工業など四社及び被告など二八名に転売した。

一方、原告は、越後交通の経営支配権の回復を図るため、株主総会において、他の株主の理解と賛同を得て、本件株式を買い戻すことにし、平成四年八月一〇日から同月三一日までの間に一五一万五〇〇〇株を買い戻したが、右買い戻しに際し、一株の買い戻し金額を、本件株式の取得により各買戻先が一〇〇〇分の三の有価証券取引税が課税されることになるから、この税を含めた金額として一株金六三二円とした。

他方、被告は、前記のとおり、中興業から本件株式のうち九万九一八〇株を取得し、以前から被告が所有していた一万七九三二株と合わせて一一万七一一二株を保有することになったが、平成五年九月二七日から平成六年三月三〇日までの間に、そのうち一〇万四〇〇〇株を中証券を通じて処分し、現在は一万三一一二株を保有している。

2  もっとも、証人本間昂一、同江口文司、同米山幸太及び同風祭康彦の各証言のうちには、本件株式売却の目的及び態様などにつき、被告は、越後交通社長の地位を保持するために、株主総会終了後は原告に返還する予定で株式を売却したという部分があるが、いずれも適確な裏付けがなく採用することができず、かえって《証拠略》によれば、前記1のように認定することができ、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  同3について

1  同(一)について

(一) 原告は、本件株式売買契約の効力を争い、本件株式売却行為には、原告を正当に代表する権限を有する者が関与していないから、無権代表行為である旨主張するので、まずこの点を検討する。

《証拠略》によれば、株式売買約定書には、譲渡人として原告代表者である風祭及び米山の記名押印がなされているところ、《証拠略》によれば、平成二年六月八日における株式売買約定書には風祭の印鑑を使用したことが記載されているが、米山の印鑑を使用したことについての記載はないことが、また、証人米山幸太は、具体的な売却株数、売却先及び売却価格などについて知らず、代表印も冒用されたものであると証言するが、前記認定事実によれば、米山は、六月八日の取締役会が開催される前の六月六日、七日の両日にわたり、いずれも中証券の会議室において、本件株式売却の相談に関与していること、本件取締役会決議に出席して本件株式の売却に賛成し、株式の売買日、価格及び売却先につき社長に一任していることに照らすと、右証言を信用することができない。

ところで、原告は、風祭は、平成二年六月七日に開催された原告の臨時株主総会において取締役を解任されているから、本件株式売買契約時においては、取締役ではない以上、代表取締役ではない旨主張するが、証人江口文司の証言によれば、原告の臨時株主総会が開催された事実はないことが認められ、田中家から当時原告の総務経理担当の常務をしていた江口に対し、臨時株主総会の開催についての連絡をすることなく、右総会を開催するということは通常あり得ないことであり、また、後記のとおり、原告は、角栄の一人会社ではないから、右株主総会には浦浜開発の出席が必要であるところ、浦浜開発の役員である風祭に対する開催の通知も認められないうえ、もし臨時株主総会が開催され風祭及び被告が解任されたのであれば、右解任通知が被解任者に対しなされなければならないところ、右通知が行われた形跡もない。

もっとも、《証拠略》によれば、風祭及び被告が六月七日付けで解任された事実を窺わせるが、証人江口文司の反対趣旨の証言に照らし、たやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、風祭は、本件取締役会において代表取締役に選任され、本件株式売買を行っていることが認められるから、原告の主張は採用できない。

(二) 次に、原告は、本件取締役会決議には、次に述べる(1)ないし(4)の瑕疵があると主張するので、この点について判断する。

(1) 取締役会招集の目的事項の限定について

原告は、招集権者の本間は会議の目的を社長人事に限定して招集したものというべきであるから、本件取締役会においては、会議の目的が限定されており、社長人事以外の事項を決議することはできないと主張する。

しかし、《証拠略》の招集通知によれば、議題として、1)人事について、2)その他と記載があり、右記載内容からすれば、人事以外の問題が討議されることが予想されること、《証拠略》によれば、取締役会規則には、取締役会の会議の目的たる事項は、招集権者の予定した事項に限定される旨を明示した規定はないこと、取締役会は、会社の業務執行に関する事項を決定する機関であり、取締役においても臨機に経営に関する諸般の事項が議題になることは十分予期され、招集権者が会議の目的事項として通知しない事項についても決議することが予定されていると考えられるから、原告の主張は採用できない。

ところで、証人本間昂一は、その他と記載のある招集通知は見たことはない旨証言するが、証人風祭康彦が招集通知を本間に見せたが、本間は会社の問題に関与せず、関心がないので、見なかったという感じになったかもしれないと証言していることに照らすと、右証言はたやすく信用することはできない。

(2) 非取締役の出席について

原告は、平成二年六月七日午後八時ころ、角栄の自宅で開催された原告の臨時株主総会において、風祭は取締役を解任されており、取締役ではないのに、本件取締役会において、決議に参加しているから、取締役会決議は法令定款に違反する重大な瑕疵があると主張するが、前記1(一)認定のとおり、原告の臨時株主総会が開催された事実は認められないから、解任決議の存否については判断するまでもない。

(3) 決議方法の重大な瑕疵について

被告は、他の取締役に対し、「本件株式売却は越後交通の株主総会を円満に乗り切るために一時的に行うことであり、右株主総会が終わったら原告に戻す。」と強調したことから、他の取締役らは、一時の方便という認識の下に本件取締役会決議に賛成したものというべきであり、決議方法に重大な瑕疵があったと主張する。

たしかに、証人風祭康彦は、被告が、六月六日の中証券の会議室において、越後交通の総会が無事に終わるまで一時的に売却してほしいと述べたと証言し、証人江口文司も、被告が原告の所有している越後交通の株式を第三者に売却させるが、これは単純に株主総会をクリアするための手段で、株主総会が終了後はただちにもとに戻すと述べた旨証言する。

しかし、右各証言は、仮に買い戻しが予定されていたとするならば、莫大な再取得資金をどのように調達するかが取締役会で問題となるべきところ、その点に関する議論はなく、成立に争いのない甲第一一号証の取締役会議事録にも買い戻しに関する議論についての記載はないこと、株式売却は総会が終わるまでの一時的な売買という話はなく、一時的にということは、富士レンタルから安定株主のところに譲渡してこれらに持ってもらう相手が決まるまで富士レンタルが一時的に持つというものである旨の証人広橋朝治の証言、田中家と被告との間における越後交通の人事問題の紛糾について、被告は、本件株式売却により自分の地位の安定を図る点にその目的があったのに、原告が買戻しをすれば問題が再燃する危険が十分認められ、右事態からすれば、単に一時的に株主総会を乗り切るだけの処分であったとは推認できないことから、これをたやすく信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(4) 取締役会招集手続の瑕疵について

株式会社の取締役会は、全取締役によって構成される会社の業務執行のための意思決定機関であり、構成員の全員による意見の交換と討議を通じて会社の業務執行の意思決定をさせ、またその執行を監督させようとする制度であるから、その会議の開催に当たっては、取締役の全員に対して、出席の機会が保障されなければならず(商法二五九条)、一部の者でも招集の通知(書面または口頭)を欠くときは、合議体による決議の成立過程における重要な瑕疵として、この招集手続に基づく決議は無効であると解されるところ、前記認定事実によれば、角栄、真紀子及び直紀の各取締役に対し本件取締役会の招集通知が送付されたのは、会日の前日である平成二年六月七日午後四時五一分であることが認められ、本件招集は原告定款第二五条にある「取締役会の招集の通知は会日の五日前に各取締役及び監査役に対して発しなくてはならない。」との規定に反することは明らかである。

被告は、原告には不在となった代表者を決定する必要があり、また早急に経営を改善する必要があったものであり、本件取締役会の開催は緊急の場合に該当すると主張するが、たしかに、原告の定款には、「緊急の場合はこれを短縮することができる。」との規定があるものの、緊急の場合とは、会社に緊急事態が発生して取締役会を緊急に開かなければならない場合をいうが、緊急に開く必要があるとしても、取締役及び監査役の全員が出席できるだけの時間的な余裕を持たせる必要があり、遠隔地に住む取締役に対し会日の前日の通知は、招集通知として瑕疵があって取締役会そのものが成立せず無効であるというべきである。

もっとも、被告は、真紀子は原告の江口常務に対し、取締役会に出席しない旨の連絡をしており、開催につき異論がないと主張するが、右事実は開催の同意と受け取ることはできず、前記認定を覆すに足るものではない。

さらに、被告は、本件取締役会招集に先立ち、同年五月三一日、六月八日に取締役会を開催する旨の招集通知(乙第二四号証)を取締役に対し配付または送付しているので、真紀子らにおいて出頭するについての十分な準備もできていた旨主張するが、右乙第二四号証によれば、招集者である風祭の押印はなく、正式の文書の体裁をとっていないこと、同人は五月二八日の段階において代表取締役を辞任しているから、取締役会の招集権者ではなく、また、右文書が各取締役、監査役に送付されたことを認めるに足りる証拠はないから、五月三一日の段階で招集通知がなされていたということについての事実は認められない。

してみると、本件取締役会の招集においては、一部の者に招集の通知を欠くことから、本件のような瑕疵のある招集手続に基づく決議は無効となる。

ところで、一部の取締役に対する招集通知を欠くことにより招集手続に瑕疵がある場合でも、その取締役が出席しても決議の結果に影響がないと認めるべき特別の事情があるときは、右瑕疵は決議の効力に影響はないものとして、決議が有効になると解されているところ、決議の結果に影響を及ぼさない場合とは、通知もれの取締役が出席したと仮定した場合に、その取締役の議決権の行使の結果が賛否いずれであっても、票数のうえで決議を動かすに足りないという場合までをも含む趣旨ではなく、通知もれの取締役が他の取締役との関係で取締役会において占める実質的影響力、その取締役について予想される意見、立場と決議の内容との関係から判断して、同人の意見が決議の結果を左右しないであろうことが確実に認められるような場合であり、例えば、通知もれの取締役が取締役会の決議に当然賛成と認められるような場合又は取締役会決議と同趣旨のことを常に発言していた場合などがこれに当たるが、本件取締役会は、取締役一八名中一一名が出席したにすぎず、田中家が株主総会において、本件株式の議決権を行使することを予定していた事情、田中家が取締役会において占める実質的影響力からすれば、瑕疵の程度は重大なものであり、その取締役が出席しても決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特別の事情があったとは認められない。

以上によれば、本件取締役会の招集手続には瑕疵が認められるから、本件取締役会決議は無効というべきである。

(三) さらに、原告は、平成二年六月当時、原告は角栄の一人会社であり、原告の各取締役は、角栄の意思に従い、角栄の意向及び指示に従って本件株式に基づく株主権、経営支配権を行使すべき義務があるところ、被告、風祭及び米山らは、角栄の意思決定に反することを承知のうえで、本件株式を売却しているから、取締役の忠実義務に違反し、本件株式売却は代表取締役の権限濫用行為に該当すると主張するので、この点について検討する。

(1) 一人会社とは、狭義では、株式の全部が一人だけの名義になっている株式会社のほか、広義では、実質的には株式の全部が一人の株主の所有に帰しているにもかかわらず、株式が数人の名義人に分散している株式会社を指すところ、前記認定事実によれば、当時の原告の株主は角栄と浦浜開発の二名で構成され、角栄が原告の発行済株式三〇〇万株のうち二六〇万株を、残り四〇万株を浦浜開発が所有していたことが認められるから、原告は、角栄一人の株主により構成されている狭義の一人会社ではないことは明らかである。

(2) そこで、原告が実質的には株式の全部が一人の株主の所有に帰しているにもかかわらず、株式が数人の名義人に分散している広義の一人会社といいうるかが問題となる。

この点に関し、原告は、右浦浜開発の株主は、豊川商事、直紀、真紀子、田中雄一郎、田中真奈子、田中京及び田中裕の八名であり、右豊川商事の株主構成も、角栄、直紀、真紀子、田中持策及び山持巌の五名であって、株主はいずれも角栄の親族であり、いずれも名義株にすぎず、真の株主は角栄であること、浦浜開発は直紀が代表取締役を務め、同社の経営は角栄の意向に従ってなされていたことなどからすれば、原告は角栄が支配株主として原告の経営を実質的に支配したものであり、原告は角栄の実質的な一人会社であると主張する。

しかし、株式の引受及び払込については、一般私法上の法律行為の場合と同じく、真に契約の当事者として申込みをした者が引受人としての権利を取得し、義務を負担するものと解すべきであるから、他人の承諾を得てその名義を用いて株式の引受がされた場合においては、名義貸与者ではなく、実質上の引受人が株主となるものと解されるところ、本件においては、株式名義が豊川商事、直紀らに分散されていることが認められるものの、角栄が実質上出資したことを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告は、広義の一人会社にも該当しない。

(3) さらに、原告は、一人会社においては、原告会社各取締役は、角栄の意向及び指示に従って本件株式に基づく株主権、経営支配権を行使すべき義務があると主張するが、原告が一人会社であった場合、取締役会は単独株主の意思決定に拘束され、株主の意向に沿った決議しかできないものとするならば、このことは一人会社における単独株主の意思決定が取締役会の決議に代替しうることを認めることになり、それは取締役の全員による意見の交換と討議を通じて会社の業務執行の意思決定をさせ、またその執行を監督させようとする取締役会そのものを無用な存在にしてしまうのみならず、単独株主と会社の利益が常に一致するとは限らないのであって、単独株主による意思決定が、自己の利益中心に恣意的に行われるとき、会社が単なる道具と化するおそれが生ずるから、単独株主が取締役に対しその意思決定に従うべきことを指図することはできないものというべきであって、取締役会は単独株主の意思決定に拘束され、株主の意向に沿った決議しかできないものではなく、またその意向に反したからといって直ちに取締役の行為が違法となるものではない。

また、原告は、角栄の意向及び指示に従って本件株式に基づく株主権、経営支配権を行使すべき義務を取締役の忠実義務としているが、取締役の忠実義務の規定は、商法二五四条三項、民法六四四条に定める善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであって、通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができないから、原告の忠実義務を問題とする主張も採用できない。

(四) 右認定のとおり、本件取締役会は、一部の者に招集の通知を欠く、瑕疵のある招集手続に基づいて決議されたことが明らかであるから、右決議は法令に違反したため無効な場合となる。

そこで、取締役会の決議が法令に違反したため無効な場合における代表取締役の行為の効力が問題となるが、代表取締役の行為は内部的意思決定を欠くに止まるから、行為の対外的効力は原則として有効であり、ただ、相手方が内部的意思決定を欠く行為であることを知り又は知り得べかりしときに限って、無効であると解される。

これを本件についてみると、本件株式売却において本件株式を買い受けた富士レンタルが有効な取締役会決議を経ない代表取締役の行為による売却である事実を知り又は知り得べかりしことについては、本件全証拠によってもこれを認めることはできず、本件株式売却は相手方との関係では有効なものであると解される。

(五) 次に、原告は、被告が中興業から取得した九万九一八〇株につき、仮に中興業が取締役会の決議を経ていないことにつき善意又は重大な過失がなかったとしても、被告が悪意である以上、信義誠実の原則或いは一般悪意の抗弁からして、被告は原告に対し当該株式の株主権を対抗できないと主張するが、前記認定のとおり、本件株式売却が富士レンタルとの間で有効である以上、株主権たる地位は富士レンタルを経由して中興業に承継され、中興業から取得した被告が仮に代表取締役の行為に瑕疵があることにつき悪意があったとしても、被告の有効な権利取得を否定できるものではないから、原告の右主張は採用できない。

(六) 以上のとおり、原告の被告に対する株券引渡請求及びこれを前提とする株券引渡の執行不能の代償請求は理由がないから、いずれも認められない。

四  同5について

1  同(一)について

原告は、被告が原告の取締役として角栄の意向及び指示に従って本件株式に基づく株主権、経営支配権を行使すべき忠実義務を負担しているにも拘らず、自己の利益を図るため、本件株式売却を行ったものであり、これにより損害を受けた旨主張するが、前記のとおり、取締役の忠実義務は取締役の善管注意義務と同質のものであるから、本件においては、後記の通常の委任関係に伴う善管注意義務違反があったか否かを問題にすれば足りる。

2  同(二)について

(一) まず、原告は、株式の適正評価額である一株金一一三五円の半値に近い一株金六〇〇円で売却していることは、会社の財産を不当に低い価格で売却するもので、取締役の善管注意義務に反すると主張するので、まず本件株式の適正評価額について検討する。

(1) 本件株式のような非上場株式で店頭取引もなされていない株式、すなわち取引相場のない株式の価格を決定するための算定方式としては、<1>当該会社の純資産を発行済株式総数で除したものを一株の価格とし、純資産の評価にあたり簿価あるいは時価を基準にする純資産価額方式、<2>国税庁の「相続税財産評価に関する基本通達」の採用する類似業種比準方式、<3>将来の各期に期待される一株あたりの配当金額を一定の資本還元率で還元して元本である株式の価格を算定する配当還元方式、<4>将来各期に期待される法人税課税後の一株当たりの予測純利益を一定の資本還元率で資本還元することによる収益還元方式などがある。

(2) 《証拠略》によれば、越後交通は、一般乗合旅客自動車運送業、一般貸切旅客自動車運送業、鉄道貨物運送業などを主たる事業とし、資本金五億〇七五〇万円、発行済株式総数一〇一五万株、右株式のうち原告及び角栄の持株比率は四〇・六パーセント、従業員約九五〇名、営業収益一四一億円余、株主配当金一株につき金五円の非上場の株式会社であることが認められるところ、<1>の純資産価額方式及び<4>の収益還元方式は、越後交通が営業を継続する大会社であることを考慮するとき適当ではなく、<3>の配当還元方式も、越後交通が原告及び角栄の持株比率が四〇・六パーセントに及ぶ会社で、少数者による支配が確立している会社であり、配当のみに期待する非支配的一般投資家を対象とするものではない点から採用し難いものがあるが、証人江口文司の証言により真正に成立したものと認められる甲第一三号証は、株式評価の具体的評価方法として、類似会社比準方式が株式の価値要因を数多く含んでいること、同業他社の市場で形成された客観的な株価をもとに算定する方式であり、類似会社がある場合は最も妥当な評価方法であると判定していることが認められ、右事実を考慮すれば、本件株価を算定する方式としては、<2>の類似業種比準方式がその方式として合理性が認められるものと解される。

もっとも、被告は、甲第一三号証の株式評価報告書は作成人の立場からして信用性に疑いがあると主張するが、右報告書の作成者は公認会計士であり、同人が公認会計士としての資格と責任に基づき、本件株式の評価方式として類似業種比準方式によるのが妥当であると判定しているものであり、その内容にも客観性が認められる。

(3) ところで、類似業種比準方式を採用するためには、類似会社が存在すること、その選定が適切に行われることが必要であるところ、《証拠略》によれば、類似業種として、道路旅客運送業を選別し、そのなかから、神姫バス株式会社、広島電鉄株式会社、北海道中央バス株式会社を類似会社とする類似業種比準方式に基づく鑑定結果として、金一一三五円を参考数値としていることが認められ、各標本会社についての配当金額、一株当たりの年利益金額及び一株当たりの純資産価額も、相続税財産評価個別通達により公表されたものに依拠しており、標本会社の公表が認められ、類似性の検証も可能であるから、前記鑑定結果は適切な判定であると推認することができる。

もっとも、被告は、本件株式については、中証券などにおいて店頭での取引事例があり、当時の過去二、三年の取引価格によれば、一株金四〇〇円ないし金六〇〇円前後となっていたから、取引事例のあるものについては、取引価格によって決定すべきであり、一株金六〇〇円が適正な実勢価格であると主張し、証人広橋朝治もそれに沿った証言をするが、取引事例はごく限られたものであり、右証言は、にわかに信用することができず、他に被告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

(4) 以上のことから、株式の評価額は、一株金一一三五円であると認められ、本件株式を金六〇〇円で売却したことは、会社の財産を不当に低く売却したと認定せざるをえない。

もっとも、被告は、株取引の専門家である中証券の提示した価格に従ったものであるから、適正価格でなかったことについての認識もなく、過失はないと主張するが、中証券以外の専門家に適正価格についての相談をした事実も認められず、売却価額も前記認定のとおり不当に低いものであることも考慮すれば、株価算定に当たって過失があったことは否定できない。

(二) 以上認定の事実及び前記認定事実によれば、本件株式売却にあたり、一株金六〇〇円で売却したことにつき、取締役の善管注意義務違反が認められるほか、本件株式の売却目的が、原告の経営を健全化させる目的のほかに、被告は田中家の人事案に反発し、越後交通の経営支配権を田中家から奪い、社長の地位を守る点にもあったことは否定できないこと、本件株式の売却を決議した取締役会はその招集手続の法令違反から無効であるにもかからず、被告らは取締役会決議があったものとして本件株式を売却していること、そして、右株式売却は富士レンタルとの間で取引の安全の観点から有効であるとしても、対会社内部の関係では取締役会決議としては無効であり、被告らが右無効な取締役会決議に基づき株式を売却したこと自体に取締役としての善管注意義務違反が問題となる。

もっとも、被告は、川津裕司及び西本邦男の両弁護士に相談し、六月八日の取締役会の招集手続等について法律上違法、無効となることがないようにアドバイスを受けて、その指導のもとで招集手続や取締役会決議を行ったものであり、取締役としての法令、定款等に違反する点はなく、仮に違反する行為があったとしても、被告には過失はなかったと主張する。

しかし、被告は法律の専門家に助言をもとめ、その助言を信頼したとしても、被告は本件株式売却行為の実体法上及び手続上に問題があることを十分知悉していたがゆえに、売却前に関係者と何回も会議を重ね、これに対する指導を受けているのであり、右行動は当該行為による損害の発生などを十分認識しながら、あえてこれを押しすすめたものであると推認するのが相当である。

よって、被告の主張は認められない。

五  同6について

前記四2によれば、被告が主導のうえ他の取締役と共同して本件株式を売却したことは、不法行為に該当する。

六  同8(損害額)について

1  本件のように株券が違法に処分された場合の損害額については、次のとおり解するのが相当である。

(一) 株券の所有者は、第三取得者の善意取得すなわち株主権の確定的喪失の有無の判断をまつまでもなく、株式の名義書換により株主権を失ったことになり、そのときの株式の時価によって、不法行為者に対し賠償請求ができる。

(二) 処分者が、株券の所有権の喪失の危険性がないとか、その回復が容易であることの証拠を提出したときには、その賠償責任を免れることができる。

(三) しかし、処分者が単にその名義を自己に書き換えただけの場合には、株券の所有者は、処分者に株券の返還を請求して株主名簿の名義を書き換える法的手段があるから、この場合は、株式の時価による賠償請求はできず、株券の所有者の損害は、株式の時価相当額ではなく、株券の占有や名義回復に必要な費用、株券がないため株主権の行使が妨げられたことによる損害などに限られる。

(四) また株券所有者が株券の返還を受け、株主名簿の名義を自己の名義に書き換えた場合には、株券の所有者の損害は、株式の時価相当額ではなく、株券の占有や名義回復に必要な費用、株券がないため株主権の行使が妨げられたことによる損害などに限られる。

2  そこで、本件の損害額を算定する。

(一) 株式喪失による損害(第二次請求によれば原告の主張額は金四六〇四万六三八〇円、第三次請求によれば原告の主張額は金五三〇六万一三〇〇円である。)

被告の本件株式売却により、原告は、二〇一万四一八〇株のうち、大石組から返還を受けた四〇万株及び後に回復できた一五一万五〇〇〇株の合計一九一万五〇〇〇株を除く九万九一八〇株について、株主たる地位を失ったものであるから、これにより原告は、右九万九一八〇株について株式喪失による損害賠償請求ができ、これを計算すると、本件株式の適正評価額の一株金一一三五円から原告に対する入金額一株金六〇〇円を差し引いた一株金五三五円を乗じた総額金五三〇六万一三〇〇円が損害と認められる。

(二) 買戻に伴う差額損害(原告の主張額は金五一二〇万七〇〇〇円)

前記認定事実によれば、原告は越後交通の経営支配権の回復を図るため本件株式のうち一五一万五〇〇〇株を買い戻したことが認められるから、右買戻費用は株券の占有等を回復するに必要な費用となる。

そうすると、前記認定事実によれば、原告は、右買戻金額の算定に当たり、買戻先に対し譲渡金額につき一〇〇〇分の三の有価証券取引税が課税されることを考慮して、右税を含めた金額で買い戻し、各買戻先に対し実質的損失を発生させないようにするため、買戻金額を一株金六三二円としたこと、原告は別紙買戻一覧表記載の各買戻先に対し総額金九億五七四八万円を支払ったこと、本件株式二〇一万四一八〇株の売却により、原告には総額金一二億〇八五〇万八〇〇〇円の入金があったが、有価証券取引税として金三六二万五五二四円を支払ったことから、原告の純入金額は総額金一二億〇四八八万二四七六円となり、これを売却株式数で除すと一株金五九八円二〇銭となること、一株の買戻金額六三二円から右一株の純入金額五九八円二〇銭を差引いた差額金三三円八〇銭が買戻に伴う差額損害となり、これを計算すると、買戻に伴う差額損害は、金五一二〇万七〇〇〇円となる(一五一万五〇〇〇株×三三円八〇銭=五一二〇万七〇〇〇円)。

(三) 送金手数料(原告の主張額は金七〇〇四円)

原告が各所持人に対し買戻代金を送金するための手数料は株券の占有等を回復するに必要な費用に含まれるものと解されるから、原告の主張どおり、金七〇〇四円の損害を被ったと認めるのが相当である。

(四) 配当金(原告の主張額は金一七六二万九五〇〇円)

《証拠略》によれば、越後交通は、平成二年度及び平成三年度の各期とも、一株につき金五円の配当を実施し、平成二年度の支払時期は平成三年七月一日であり、平成三年度の支払時期は平成四年八月三日であることが認められるところ、右配当金は、株券がないため株主権の行使が妨げられたことによる損害に該当すると解されるから、被告により不法に売却された株式数二〇一万四一八〇株のうち、原告が回復した一五一万五〇〇〇株については平成二年度及び平成三年度の二期にわたり、越後交通から配当金を受領することができなかったことになる。

そこで、一五一万五〇〇〇株×五円の合計額である金七五七万五〇〇〇円の二期分である金一五一五万〇〇〇〇円が配当金となる。

もっとも、原告は、被告が所持する九万九一八〇株について平成二年度ないし平成七年度の六期にわたり、一株金五円とする配当金の支払請求ができるものとするが、右九万九一八〇株は、前記のとおり株式喪失による損害として考慮されるべきものであるから、配当金として請求することはできないものと解され、右九万九一八〇株について平成二年度ないし平成七年度の六期にわたり、一株金五円とする配当金の支払いを求める請求は認められない。

よって、配当金は、前記判断のとおり、金一五一五万〇〇〇〇円の限度において認容するのが相当である。

(五) 弁護士費用(原告の主張額によれば金二三五〇万円)

本件においては、原告は原告代理人事務所との間において、着手金、株主総会対策費用及び旅費・日当・宿泊費・通信費につき、東京弁護士会弁護士報酬会規に従って算定した標準額の範囲内でおいて協議して各金額を決定しているところ、本案事案の内容、難易、本件訴訟の経過、解決に要した時間、労力及び本件の認容額を含む諸般の事情によると、本件訴訟の提起、追行を原告代理人事務所に委任したことによって生ずる弁護士費用のうち原告に賠償を求め得る相当因果関係のある損害は、金一二〇〇万円と認めるのが相当である。

第三  被告の抗弁について

被告は原告の損害賠償請求権に関して次のような抗弁を主張するので、検討する。

1  違法性阻却の抗弁について

被告は、本件株式売却は、取締役として企業を守るためにやむを得ずしてなした行為であるから、民法七二〇条一項上の正当防衛に当たり、その行為には違法性がないと主張する。

しかし、前記認定によれば、本件株式売却の目的は、原告の経営を健全化するためのほか、被告の越後交通社長の地位を確保する点もあったことが否定できない以上、取締役として企業を守るためにやむを得ずしてなした行為ということはできず、被告の主張は採用することはできない。

2  損益相殺の抗弁について

被告は、本件株式売却により得た代金によって当該株式を担保としていた借入金を返済したことから、それに対応して銀行に対する利息の支払を免れたという利益があり、右銀行借入金の利息相当額と買戻差額損害とは損益相殺の対象となり、原告には損害はなかったと主張するので、この点について判断する。

相益相殺とは、賠償権利者が、損害を被ったのと同時に、同一原因によって利益を受けた場合に、損害から利益を差し引いてその残額をもって賠償すべき損害額とすることであるが、右損益相殺が認められるには、<1>利益が不法行為を契機として生じたものであること、<2>当該利益が実質上当該損害の填補ないしその肩代わりをするという目的ないし機能をもつ関係が存することなどが必要と解される。

そこで、本件において右要件が認められるか否かについて検討すると、本件の銀行借入金利息の支払を免れたという点は、被告による株式売却行為を契機として、原告が譲受人から株式売却代金を取得した後、右代金をもって銀行に対する借金を返済したことから、元金が消滅し、それに伴い元金の存在を前提とする利息の負担を免れたという関係から発生したものであり、元金と将来にわたる利息の負担を免れたという当該利益は、損害賠償原因たる株式売却行為そのものから直接的に当然に生じた利益ではなく、借金の弁済という別個かつ独自の行為によって事後的、間接的に発生したものというべく、右利益が本件における損害すなわち、株主権の喪失、株主権の行使を妨げられたことによる損害、株券の占有や名義の回復に必要な費用などの損害を填補ないしその肩代わりをするという目的や機能を持つ関係にないことは明らかであって、被告の損益相殺の主張は理由がない。

第四  原告の請求の当否

以上によれば、原告の請求中、株券の引渡を求める部分は理由がない。

また、損害賠償請求においては、まず、買戻に伴う差額損害、送金手数料については理由があるが、株式喪失による損害賠償については、九万九一八〇株についてのみ理由があり、配当金については、平成二年度及び平成三年度の二期にわたり、一五一万五〇〇〇株につき、金一五一五万〇〇〇〇円の限度で理由があり、さらに弁護士費用については、原告に賠償を求め得る相当因果関係のある損害は、金一二〇〇万円と認められ、その限度で理由がある。

第五  結論

よって、原告の請求は、被告に対し金一億三一四二万五三〇四円及び株式喪失による損害金五三〇六万一三〇〇円に対する不法行為時である平成二年六月八日から、買戻に伴う差額損害、送金手数料及び弁護士費用の一部の合計金六二七一万四〇〇四円に対する不法行為の後であり、本件訴状送達の翌日である平成二年一二月三〇日を経過した後である平成四年九月一日から、弁護士費用の追加部分金五〇万円に対する損害発生の日である平成五年一二月一五日から、平成二年度の配当金七五七万五〇〇〇円に対する不法行為の後であり弁済期の経過後である平成三年七月一日から、平成三年度の配当金七五七万五〇〇〇円に対する不法行為の後であり弁済期の経過後である平成四年八月三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦 力 裁判官 井上一成 裁判官 片岡 武)

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